金融商品取引法における証券型トークン(STO)規制:海外発行体の日本参入に係る法的論点
導入:証券型トークン(STO)と日本市場への参入動向
近年、ブロックチェーン技術を活用した新たな資金調達手法として、証券型トークン(Security Token Offering、以下「STO」)が世界的に注目されています。日本においても、2020年5月1日に施行された金融商品取引法(以下「金商法」)の改正により、STOに関する明確な法的枠組みが整備されました。この法改正は、従来の有価証券に類似する経済的性質を持つデジタルアセットを金商法の規制対象とすることで、投資家保護と市場の公正性を確保することを目的としています。
海外Fintech企業が日本市場においてSTOを活用した資金調達や投資事業を検討する際には、日本の金商法に基づく複雑な規制体系を正確に理解し、これに適応する必要があります。本稿では、日本の金商法におけるSTOの法的位置づけ、発行・販売・流通に関する主要規制、そして特に海外発行体が日本に参入する際に直面しうる法的論点について、専門家の視点から詳細に解説します。
証券型トークンの法的位置づけ:電子記録移転有価証券表示権利等
日本の金商法において、STOに関連するトークンは主に「電子記録移転有価証券表示権利等」(以下「表示権利等」)として定義されています。これは、以下の要件を満たすものを指します。
- 有価証券が有する権利を表示する電子情報処理組織を用いて移転することができる財産的価値
- 従来の紙媒体の有価証券や、記録形式が限定される権利とは異なり、ブロックチェーン等の電子情報処理組織上で記録・移転される点が特徴です。
- 金商法第2条第2項に規定する有価証券(みなし有価証券)に表示されるべき権利
- 具体的には、匿名組合出資持分、信託受益権、集団投資スキーム持分等が該当します。これにより、従来の非上場株式や社債等の直接的なデジタル化(電子有価証券)とは異なる、間接的な権利のデジタル化が対象となります。
この「表示権利等」が金商法の規制対象となることで、その発行、勧誘、販売、流通といった一連の行為が、従来の有価証券と同様に第一種金融商品取引業のライセンス規制、開示規制、行為規制などの適用を受けることになります。
発行・販売に関する主要規制
海外Fintech企業が日本市場でSTOの発行または販売を行う場合、以下の規制に留意する必要があります。
1. 金融商品取引業の登録
- 発行者規制:
- 表示権利等の発行者は、原則として第一種金融商品取引業の登録を受ける必要があります(金商法第28条第1項)。これは、トークンを発行する行為が「有価証券の募集」または「私募」に該当するためです。
- ただし、発行者が自身で投資家に対して直接募集・私募を行う場合であっても、特定少人数に対する私募(プロ投資家向けの私募など)の場合には、一定の要件を満たせば「適格機関投資家等特例業務」として緩和された規制が適用される可能性があります。しかし、これは限定的な例外であり、一般投資家を対象とする場合は第一種金融商品取引業の登録が必須となります。
- 販売者規制:
- 発行された表示権利等を投資家に対して販売(勧誘、取扱)を行う場合も、原則として第一種金融商品取引業の登録が必要です(金商法第29条)。これは、販売行為が「有価証券の取扱」に該当するためです。
- 日本の投資家を対象に販売を行う海外の金融機関が、日本の居住者に勧誘行為を行う場合、日本国内での登録が必要となる可能性があります。
2. 開示規制
発行者には、投資家保護の観点から、発行する表示権利等に関する情報開示が義務付けられます。
- 有価証券届出書・有価証券報告書:
- 公募を行う場合や、大規模な私募を行う場合には、原則として有価証券届出書や有価証券報告書の提出が義務付けられます(金商法第4条、第24条)。これにより、事業内容、財務状況、リスク情報などが詳細に開示されます。
- 目論見書:
- 有価証券届出書を提出する募集・売出しを行う際には、投資家に対して目論見書を交付することが義務付けられています(金商法第13条)。
これらの開示義務は、海外の発行体に対しても日本の居住者を対象とする限り適用されるため、情報開示資料の日本語化や、日本の会計基準・法規制に準拠した情報作成が求められることになります。
流通市場に関する規制
表示権利等の流通市場についても、金商法は厳格な規制を設けています。
- 私設取引システム(PTS):
- 表示権利等の流通市場を構築する場合、証券取引所を介さない「私設取引システム(PTS)」として機能させるためには、金融商品取引業者(第一種)の登録に加え、「PTS運営業務」に関する認可が必要です(金商法第30条)。
- PTSの運営には、公正な価格形成、システムリスク管理、投資家保護のための厳格な体制が求められます。
- 取引所開設規制:
- より大規模な流通市場として「金融商品取引所」を設立・運営するには、内閣総理大臣の免許が必要であり、極めて高い要件が課せられます(金商法第80条以下)。
海外発行体の日本参入における法的論点
海外Fintech企業が日本市場でSTOを検討する際には、クロスボーダー取引特有の複雑な法的論点に直面します。
1. 属地主義・属人主義の適用と勧誘の実態判断
日本の金商法は、原則として行為地主義(属地主義)を採用していますが、日本の居住者に対する勧誘行為には、行為の実行場所が海外であっても日本の金商法が適用される可能性があります。
- 「勧誘」の解釈: ウェブサイト、SNS、オンラインコミュニティなどを通じた情報提供が、実質的に日本の投資家に対する「勧誘」とみなされるか否かは、個別の状況によって判断が分かれる複雑な論点です。
- 「日本居住者」の定義: 外国為替及び外国貿易法における居住者・非居住者の定義が参照されることが多く、この定義に基づき日本の規制が適用されるか否かが判断されます。
海外発行体は、日本居住者への勧誘行為が意図せず行われることを防ぐため、厳格なアクセス制限や免責事項の明記、KYC(Know Your Customer)手続きにおける居住地確認の徹底などが求められます。
2. 海外での発行スキームの日本の金商法との適合性
海外で合法的に発行されたSTOであっても、そのスキームが日本の金商法の「表示権利等」の定義に該当するか否かを精査する必要があります。
- 準拠法の問題: 海外法に準拠して発行されたトークンが、日本の金商法上の有価証券(または表示権利等)に該当するかは、準拠法のみならず、その経済的実態を基に判断されます。
- 二重発行のリスク: 一つのトークンが複数の法域で異なる法的性質を持つ「二重発行」のリスクや、異なる法域の規制に同時に服する「ダブルライセンス」のリスクも考慮すべきです。
3. 日本居住者への販売規制と国内居住者勧誘ガイドライン
金融庁は、「海外発行者の募集・私募等の取扱いに関するガイドライン」(2017年)を公表しており、海外発行者が日本の居住者に対して有価証券(表示権利等を含む)の募集・私募等を行う際の規制適用に関する考え方を示しています。
- 「非勧誘」原則: 海外発行者が日本の居住者に対して明示的に勧誘を行わない場合でも、例えば日本の居住者が容易にアクセスできるウェブサイト等で募集情報を提供している場合などは、実質的な「勧誘」とみなされ、日本の金商法の適用を受ける可能性があります。
- 免責事項の記載: ウェブサイト等に「日本居住者に対する勧誘ではない」旨の明確な免責事項を記載し、技術的なアクセス制限(IPアドレス制限など)を講じることが推奨されます。
4. AML/CFT規制の適用
表示権利等の発行や取引には、マネー・ローンダリングおよびテロ資金供与対策(AML/CFT)に関する規制が適用されます。
- 犯罪収益移転防止法: 金融商品取引業者は、犯罪収益移転防止法に基づき、顧客の本人確認(KYC)、取引記録の保存、疑わしい取引の届出などが義務付けられています。
- 国際的な協調: 金融活動作業部会(FATF)の勧告に基づき、暗号資産やSTOに関するAML/CFT規制は国際的に強化されており、クロスボーダー取引においても各国の規制当局との連携が求められます。
グレーゾーンと今後の課題
STOは比較的新しい分野であり、既存の法規制を適用する上での解釈の余地や、技術進歩に伴う新たな課題が存在します。
- 個別のトークンの法的評価: ある特定のデジタルアセットが表示権利等に該当するか否かは、その構造、性質、経済的実態などを総合的に勘案して判断されるため、一律の基準で判断が難しい場合があります。このため、個別具体的な検討と、必要に応じて当局への事前相談が重要となります。
- 国際的な規制調和: 各国のSTOに関する法規制は未だ発展途上であり、国際的な規制調和に向けた議論が継続しています。海外発行体は、日本の規制だけでなく、国際的な動向にも注視する必要があります。
まとめと展望
海外Fintech企業が日本のSTO市場に参入することは、新たな資金調達の機会やビジネス拡大の可能性を秘めていますが、日本の金商法に基づく厳格な規制を遵守することが不可欠です。第一種金融商品取引業の登録、開示規制、流通規制、そして特にクロスボーダー取引における勧誘行為の判断やAML/CFT規制の適用など、多岐にわたる法的論点が存在します。
これらの複雑な法規制に対応するためには、Fintech法務に精通した専門家による法務デューデリジェンスと、日本市場に特化した法的なアドバイスが不可欠です。今後の市場の発展と規制環境の変化を常に注視し、適法かつ円滑な事業展開を図ることが求められます。