日本の暗号資産交換業規制詳解:海外事業者のライセンス取得とAML/CFT対応
1. はじめに:暗号資産交換業と日本の規制環境の概観
昨今、グローバルなFintech市場において、暗号資産(仮想通貨)を巡るビジネスは急速な発展を遂げており、海外のFintech企業による日本市場への参入への関心も高まっております。日本における暗号資産交換業は、資金決済に関する法律(以下「資金決済法」といいます。)に基づき厳格な規制が課されており、海外事業者が日本でサービスを提供する際には、これらの法規制を深く理解し、適切な対応を講じる必要があります。
本稿では、海外Fintech企業が日本の暗号資産交換業市場に参入する上で不可欠な、資金決済法に基づくライセンス取得要件、主要な行為規制、および近年特に強化されているAML/CFT(マネー・ローンダリングおよびテロ資金供与対策)に関する実務上の留意点について、法務専門家の視点から詳細に解説いたします。
2. 日本の暗号資産交換業規制の法的枠組み
2.1. 資金決済法上の「暗号資産交換業」の定義とライセンス制度
資金決済法第2条第7項は「暗号資産交換業」を「暗号資産の売買、他の暗号資産との交換、媒介、取次ぎ又は代理」などを業として行うことと定義しており、これに該当する事業を行う事業者は、金融庁への登録が義務付けられています(資金決済法第63条の2)。これは、暗号資産が決済手段や投資対象としての特性を持つことから、利用者保護、公正な取引の確保、そしてマネー・ローンダリング対策の観点から、銀行や証券会社に準ずる厳格な規制を適用する趣旨に基づいています。
2.2. 登録要件と審査プロセス
海外事業者が日本で暗号資産交換業の登録を受けるためには、国内に本店または主たる事務所を設置した法人(株式会社)である必要があります。金融庁による登録審査では、主に以下の点が厳格に審査されます。
- 人的要件: 役員が欠格事由に該当しないこと、事業を的確に遂行するに足りる知識および経験を有すること。
- 財産的要件: 健全な財務状況と事業継続に必要な財産的基礎を有すること。
- 組織的要件:
- 利用者財産と自己財産の分別管理体制の確立(資金決済法第63条の11)。
- 利用者への情報提供義務の履行体制。
- サイバーセキュリティ対策を含む業務管理体制。
- マネー・ローンダリングおよびテロ資金供与対策に関する体制(後述)。
- 外部監査による業務態勢の確認。
審査プロセスは、事前相談、申請書提出、当局による面談や追加資料の要求を経て、通常、数ヶ月から1年以上の期間を要する場合があります。特に、海外事業者の場合、本国の規制環境やグループ全体のガバナンス体制との整合性も審査対象となるため、十分な準備と当局との綿密なコミュニケーションが不可欠です。
2.3. 主要な行為規制
登録を受けた暗号資産交換業者は、利用者保護の観点から、資金決済法および関連する内閣府令に基づき、多岐にわたる行為規制を遵守する必要があります。主な規制は以下の通りです。
- 利用者財産の分別管理義務: 利用者から預託された金銭および暗号資産を、自己の財産と明確に分別して管理することが義務付けられています(資金決済法第63条の11)。特に、暗号資産については、原則としてコールドウォレットでの管理が求められ、ホットウォレットで管理する場合には、その上限額やサイバーセキュリティ対策に関する厳格な基準が適用されます。
- 情報提供義務: 利用者に対して、暗号資産の性質、リスク、取引条件などに関する正確かつ十分な情報を提供することが求められます(資金決済法第63条の9)。
- 広告規制: 広告や勧誘に際しては、利用者を誤認させるような表示や、不確実な情報を断定的に提示する行為などが制限されます。
- 最良執行方針等: 利用者の注文を公正に執行するための体制構築が求められます。
- 計画策定義務: システムリスク管理、サイバーセキュリティ、災害時等の事業継続計画の策定・実行が義務付けられています。
3. 海外事業者参入における法的要件と実務上の課題
3.1. 国内拠点設置の原則
前述の通り、日本の暗号資産交換業の登録は、国内に本店または主たる事務所を有する法人に限定されています。これは、金融庁が事業者に対して監督権限を実効的に行使し、利用者保護やマネー・ローンダリング対策を徹底するための要請です。したがって、海外Fintech企業が日本市場に参入する際には、日本法人を設立し、当該法人を通じて登録申請を行うことが原則となります。
3.2. グループ会社間の連携とガバナンス
海外の親会社が既に他国で暗号資産交換業を展開している場合、日本法人との間でどのような業務提携やシステム連携を行うかが重要な論点となります。金融庁は、日本法人が独立した業務執行体制とリスク管理体制を有しているかを重視します。グループ内でのサービス提供であっても、資金決済法上の「暗号資産交換業」に該当する限り、日本法人が登録を受け、日本の規制に準拠した体制を構築する必要があります。特に、ITシステムをグループ共通で利用する場合でも、日本の法令に適合するようカスタマイズし、必要な情報が日本法人内で適切に管理・処理される体制を確立することが求められます。
4. AML/CFT対応の強化とトラベルルール導入
4.1. 犯罪収益移転防止法に基づく義務
暗号資産交換業者は、資金決済法に加え、犯罪による収益の移転防止に関する法律(以下「犯収法」といいます。)に基づき、以下のAML/CFT義務を負います。
- 本人確認義務: 利用者との取引開始時や一定額以上の取引を行う際などに、運転免許証やパスポート等を用いた厳格な本人確認(eKYCを含む)を行う必要があります。
- 取引記録の作成・保存義務: 取引に関する記録を正確に作成し、一定期間保存する義務があります。
- 疑わしい取引の届出義務: マネー・ローンダリングまたはテロ資金供与の疑いがある取引を検知した場合、速やかに金融庁等に届け出る義務があります。
- 資産凍結等対応: 国連安保理決議等に基づく資産凍結措置の対象者との取引を検知した場合、取引を中止し、速やかに届け出る義務があります。
4.2. FATF勧告と日本のトラベルルール導入
FATF(金融活動作業部会)は、マネー・ローンダリングおよびテロ資金供与対策に関する国際基準を策定しており、暗号資産サービスプロバイダー(VASP)に対しても、送金人・受取人情報の収集・通知を義務付ける「トラベルルール」の適用を勧告しています。日本は、このFATF勧告に対応するため、犯収法および関連政令・規則を改正し、2022年4月1日からトラベルルールを導入しました。
トラベルルールとは、暗号資産の移転に際して、暗号資産交換業者が送金元および送金先の顧客情報を収集し、送金先(受取側)の交換業者に通知することを義務付けるものです。これにより、当局は暗号資産の移転経路を追跡し、不正利用を防止することが可能となります。
4.3. 海外事業者のトラベルルール対応における実務的課題
海外Fintech企業が日本で暗号資産交換業を営む場合、トラベルルールへの対応は特に複雑な課題を伴います。
- システム実装: トラベルルールに対応した情報共有プロトコル(例: TRP、IVMS101など)を導入し、国内外の他のVASPと連携可能なシステムを構築する必要があります。既存のグローバルシステムを日本向けに改修する場合には、各国・地域の規制要件の差異に留意が必要です。
- 国際的なVASPとの連携: 日本のVASPは、他のVASPとの間で円滑に情報共有を行うための連携体制を確立する必要があります。海外のVASPの中には、トラベルルールに未対応、または異なる基準で対応している場合もあり、その場合の対応方針(取引制限等)を明確に定める必要があります。
- プライバシー保護: 顧客情報を共有する際には、個人情報保護法等の関連法令を遵守し、適切な情報管理体制を構築することが求められます。
- 顧客リスク評価の高度化: トラベルルールで取得した情報を活用し、より高度な顧客リスク評価(例: 送金元のリスク評価、受取人の属性確認など)を実施する体制の強化が求められます。
5. グレーゾーンと今後の展望
暗号資産分野は技術革新が著しく、DeFi(分散型金融)やNFT(非代替性トークン)、ステーブルコインといった新たなサービス・技術が次々と登場しています。これらの新技術・サービスが、既存の資金決済法や金融商品取引法等の規制対象となるか否かは、個別の実態に応じて判断されるため、法務専門家による継続的な監視と専門的な法的評価が不可欠です。
特に、ステーブルコインについては、決済手段としての利用拡大への期待から、日本でも2023年6月に改正資金決済法が施行され、新たな規制の枠組みが導入されました。これにより、電子決済手段としての性質を持つステーブルコインの発行・流通に関しても、登録制や利用者保護措置が義務付けられることとなり、海外発行体の日本市場参入における新たな検討事項となっています。
また、FATFは継続的に国際的な基準を見直しており、日本の規制も国際的な動向に合わせて進化していくことが予想されます。海外Fintech企業は、日本の規制動向に加え、国際的な規制協力や基準設定の動きにも常に注意を払う必要があります。
6. まとめ
海外Fintech企業が日本の暗号資産交換業市場に参入するためには、資金決済法に基づく厳格なライセンス取得要件を満たすだけでなく、利用者保護、ガバナンス、そして特に強化されたAML/CFT対策(トラベルルールを含む)への包括的な対応が求められます。これは単なる法令遵守に留まらず、日本市場での信頼性を確立し、持続的な事業展開を可能にするための重要な基盤となります。
法務担当者としては、これらの複雑な規制環境を深く理解し、常に最新の法改正や当局のガイダンスを追随することが不可欠です。また、グローバルな視点から、各国の規制動向や国際的な基準との整合性を考慮した上で、戦略的な法務対応を検討することが求められます。