日本の電子決済手段規制と海外ステーブルコイン:改正資金決済法に基づく法的評価と実務対応
はじめに
2023年6月1日に施行された改正資金決済法は、いわゆるステーブルコインに特化した「電子決済手段」という新たな規制類型を導入し、国内外のFintech業界に大きな影響を与えています。特に、海外で発行されるステーブルコインを日本市場に導入しようとする企業にとって、この新しい法規制への理解と適切な対応は不可欠です。本稿では、改正資金決済法における電子決済手段の法的枠組みを詳細に解説し、海外発行のステーブルコインが日本市場に参入する際の法的評価と実務上の留意点について考察します。
改正資金決済法における「電子決済手段」の定義と範囲
改正資金決済法(正式名称:資金決済に関する法律等の一部を改正する法律)は、ステーブルコインを「電子決済手段」として位置付け、新たな規制対象としました。資金決済法第2条第5項において、電子決済手段は以下のように定義されています。
「専ら次に掲げる要件のいずれにも該当するものが電磁的記録として記録されるもの(以下「電磁的記録移転権利」という。)のうち、不特定の者に対して代価の弁済のために使用することができ、かつ、不特定の者を相手方として購入及び売却を行うことができるもので、当該電磁的記録移転権利が記録された電磁的記録の移転をもって、その移転を受ける者が当該電磁的記録移転権利を取得するものとして内閣府令で定めるものをいう。」
上記要件のうち、特に重要な点は以下の3点です。
-
裏付け資産の存在:
- 特定の者に対する債権を目的とするもの(預金又は貯金に関する権利、預貯金等に係る債権等)
- 特定された資産を保全するための信託契約に基づく受益権
- その他、内閣府令で定めるもの(例: 銀行預金、国債等) これらの資産を価値の保全のために裏付けとしていることが必要です。この点で、裏付け資産を持たない従来の暗号資産(仮想通貨)とは明確に区別されます。
-
不特定の者に対する代価の弁済能力:
- 特定の者だけでなく、不特定の者に対して商品やサービスの対価として利用できる決済機能を有していることが求められます。
-
不特定の者との購入・売却可能性:
- 不特定の者を相手方として、その購入および売却が可能であることが要件となります。
これらの定義から、電子決済手段は、既存の「前払式支払手段」や「資金移動業」の規制対象とは異なる特性を持つことが明確にされています。特に、その価値が法定通貨等に連動し、裏付け資産により保全される点で、決済手段としての安定性が重視されています。
電子決済手段に関する規制の枠組み
改正資金決済法は、電子決済手段について以下の規制を導入しています。
-
電子決済手段等取扱業者の登録制: 電子決済手段の発行、販売、交換、管理等を行う事業者は、「電子決済手段等取扱業者」として金融庁への登録が義務付けられます(資金決済法第62条の3)。これにより、既存の銀行、資金移動業者、信託会社に加え、新たな事業者がこの枠組みで参入することが可能となります。
-
電子決済手段発行者の義務:
- 利用者保護: 利用者への情報提供義務、苦情処理体制の整備、利用者財産の分別管理などが課されます。特に分別管理については、発行保証金制度が設けられており、利用者の保護が強化されています。
- 発行保証: 電子決済手段の発行者は、その発行額に応じた保証金を供託する義務を負います(資金決済法第62条の12)。
- その他: マネー・ローンダリングおよびテロ資金供与対策(AML/CFT)の徹底も求められます。
-
電子決済手段仲介業者の規制: 電子決済手段の交換や移転の媒介等を行う事業者は、「電子決済手段仲介業者」として登録制の対象となります。
-
電子決済手段に関する情報開示等: 発行者には、電子決済手段の概要、発行条件、リスク等に関する情報開示が義務付けられ、透明性が確保されます。
海外発行ステーブルコインへの適用と実務上の課題
海外で発行されたステーブルコインが日本市場に参入する際には、上記の規制枠組みが適用されるか否かが重要な論点となります。
-
日本の「電子決済手段」該当性: 海外で発行されたステーブルコインが日本の資金決済法上の「電子決済手段」の定義に合致するかどうかを評価する必要があります。特に、裏付け資産の種類と保全方法、そして日本国内における代価弁済および購入・売却の機能提供の有無が鍵となります。例えば、米国で発行されたUSD建てステーブルコインが、日本居住者向けに決済手段として提供される場合、日本の電子決済手段に該当する可能性が高いと考えられます。
-
適用対象となる事業行為:
- 直接発行・提供: 海外の発行者が直接日本居住者に対し、電子決済手段の販売や交換、管理サービスを提供する場合は、日本の電子決済手段等取扱業者としての登録が原則として必要となります。
- 代理・媒介: 日本国内の事業者が、海外発行の電子決済手段の代理・媒介を行う場合、その日本国内の事業者が電子決済手段仲介業者として登録を要する可能性があります。このスキームでは、海外発行者は日本の電子決済手段等取扱業者としての直接の登録義務を回避できる場合もありますが、実質的な関与度合いやリスクに応じて当局の指導を受ける可能性も考慮する必要があります。
- 「日本居住者」への提供: 規制の適用は、サービスが日本居住者向けに提供されるか否かが基準となります。単にウェブサイトが日本語であるだけでなく、契約の準拠法、広告の対象地域、顧客の居住地等、総合的な判断が求められます。
-
クロスボーダー取引における管轄権と準拠法: 海外発行ステーブルコインの取引においては、複数の国の法規制が競合する可能性があります。日本の電子決済手段規制の適用範囲を明確にするためには、国際私法上の管轄権の原則や、特定の行為地主義の適用に関する当局の解釈を慎重に検討する必要があります。AML/CFT規制についても、日本の法令(犯罪収益移転防止法等)への準拠が求められるため、国際的な連携体制の構築も重要です。
-
グレーゾーンと当局の考え方: 新たな規制分野であるため、具体的な事業モデルに対する当局の解釈や判断が流動的である場合があります。金融庁が公表するQ&Aやパブリックコメント、今後のガイドラインの整備を注視し、必要に応じて当局との事前相談を通じて、個別のスキームに対する法的評価を確認することが推奨されます。特に、特定のユースケース(例: クローズドなエコシステム内での利用、限定的な利用者層への提供)が「不特定の者」の要件を満たすか否かは、個別の検討を要する場合があります。
日本市場参入に向けた法的考慮事項
海外のステーブルコイン発行体が日本市場への参入を検討する際には、以下の法的考慮事項に留意すべきです。
-
事業スキームの法的評価: まず、提供を検討しているステーブルコインが日本の資金決済法上の「電子決済手段」に該当するかどうかを厳密に評価する必要があります。その上で、どの事業者がどの役割(発行、仲介、管理等)を担うのかを明確にし、それぞれの役割に応じた登録要件や義務を洗い出します。
-
登録申請準備と体制構築: 電子決済手段等取扱業者または電子決済手段仲介業者として登録を申請する場合、資金決済法および関連する内閣府令が求める組織体制、内部統制、利用者保護体制、AML/CFT体制等の整備が必須となります。これには、コンプライアンス部門の設置、リスク管理体制の構築、システム監査体制の確立などが含まれます。
-
法的文書の整備: 利用規約、プライバシーポリシー、契約書等の法的文書を日本の法令に準拠する形で整備する必要があります。特に、電子決済手段の特性に応じたリスク開示や、分別管理に関する事項の明確化が求められます。
-
継続的な法令遵守: 登録後も、法令遵守を継続的に行うための体制を維持することが重要です。法改正や当局の監督方針の変更に迅速に対応できるよう、常日頃から情報収集と内部体制の点検を行う必要があります。
まとめ
改正資金決済法における電子決済手段規制は、ステーブルコインが金融システムに与える影響の増大に対応するための重要な法改正です。海外で発行されるステーブルコインの日本市場参入を目指す事業者は、この新しい法的枠組みを深く理解し、その定義、規制範囲、および事業者に課される義務について厳密な法的評価を行う必要があります。特にクロスボーダー取引における規制適用については、各国の法制度との調整を含め、専門家との連携を通じて慎重な検討を進めることが不可欠となります。これにより、法令を遵守しつつ、健全なFintechエコシステムの発展に貢献できるものと考えられます。